小樽ゆかりの人物

2017年5月20日 (土)

小樽市民会館の敷地内に銅像が建つ藤山要吉と公会堂

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海運業で財を成した、小樽を代表する豪商のひとりに“藤山要吉”という人物がいます。

現在、小樽市民会館の正面左手の奥まったところに、その藤山要吉の銅像が建っているんですよね。

あまり目立たないところに銅像が建っているのですが、もちろん、小樽の発展に貢献した人物です。

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藤山要吉と公会堂

藤山要吉は所有していた船を戦争に提供(供出)することによって、膨大な補償金を手に入れ「船成金」とも言われたそうで、海運業の他にも漁業、農業など様々な産業を手がけて、その財力は本当に凄かったようです。

藤山要吉にまつわるエピソードとしてよく知られているのが、小樽市民会館の道路を挟んだ向かいに建つ、趣ある和風建築の小樽公会堂(旧小樽区公会堂)に関する話です。

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この公会堂の建物は、そもそもは明治44年に皇太子(後の大正天皇)の本道行啓に際してのご宿泊所として建てられたものなのですが、その費用を全額寄付したのが、この藤山要吉という方なんですね。すごいですね。

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ちなみに、建築にあたったのは、大虎の棟梁・加藤忠五郎という方です(この方、よくこの建物の大工として名前が出てくるので、有名な方なんですね)。

その後、公会堂として使われるのですが、もともとこの建物が建てられたのは、現在の市民会館の場所なんですよね。で、市民会館建設のために、昭和35年に現在地に移築されたそうです。

(小樽市民会館)
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(左手の奥まったところに銅像が建ってます)
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市民会館に建つ藤山要吉の銅像の側面を見ると、当時の安達与五郎市長による碑文が書かれているのですが、その日付は昭和33年6月となっているので、銅像は公会堂が移設される前からあったのですね。

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ということは、公会堂の建物は移動したけど、銅像は元の場所に残ったということでしょうかね。

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おわりに

ということで、今回は小樽市民会館の敷地内に銅像の建つ藤山要吉について、ちょっと調べてみました。

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あれは誰だろうと、普段は何気なく見ている銅像も、その人物と小樽との関わりを知ると、とても興味深いですね。

※参考
小樽散歩案内(発行:有限会社ウィルダネス)
・「おたる案内人テキストブック」小樽観光大学校運営委員会編
小樽市 :旧小樽区公会堂・旧岡崎家能舞台
第8章 海運業 藤山要吉と板谷宮吉

【関連記事】
小樽市公会堂(旧小樽区公会堂)と紅葉
小樽市民会館は今年で開館50周年


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2017年4月27日 (木)

運河公園に建つ2つの銅像は、小樽港の近代化に深く関わりのある廣井勇と伊藤長右衛門

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北運河の端には、国指定重要文化財の旧日本郵船(株)小樽支店の重厚な建物が正面に建つ運河公園があります。

この運河公園には、小樽港の近代化に深く関わりのある、2人の土木技術者の銅像が建ってるんですよね。

ひとりは小樽港の生みの親と言われる廣井勇(いさみ)、もうひとりは小樽港の育ての親といわれる伊藤長右衛門です(参考:「おたる案内人テキストブック」小樽観光大学校運営委員会編)。

普通ですと、その銅像が誰なのか、立ち止まって名前やその功績などについて書かれた説明書きを読む、ということまではしないかもしれませんが、銅像になっているくらいですから、小樽にとってとても大きな貢献をされた方々なんですよね。

ということで、今回はその銅像の2人について、ちょっと調べてみました。

※写真は3月31日と4月14日撮影分が混在していて、3月撮影分にはまだ雪が残っているのでご了承を。


廣井勇と北防波堤

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小樽運河側から運河公園に入ると建っているのが、廣井勇の銅像です。

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明治期に小樽港は近代化に向けて、大掛かりな港湾建設工事が行われました。

現在、小樽港には手宮側から北防波堤が伸びていますが、第一期工事としてこの北防波堤を建設したのが、初代小樽築港事務所長で「港湾工学の父」とも呼ばれる廣井勇です。

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第一期工事は明治30年(1897年)に着工し、11年の歳月をかけて明治41年(1908年)に全長1,289mの北防波堤が完成します。

北防波堤の建設に関しては、コンクリートに火山灰を混入して強度を増す方式を考案したり、造られたコンクリートブロックを斜めに積んで安定させる工法を採用したといった点が特筆されてます。

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銅像の横に説明文が書かれているので、その内容を引用させていただきます。

1862(文久2)年高知生まれ。
札幌農学校第2期生。アメリカ、ドイツで橋梁工学・土木工学を学び、帰国後、札幌農学校工学科教授。のち北海道の港湾改良と築港工事に携わる。
彼の指導による小樽築港第一期工事は、日本の近代港湾建設技術を確立し、世界に高く評価された。

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また、明治後期、小樽港を運河にするか埠頭にするかでもめた際、廣井勇の“艀を利用した運河式の方が便利”という発言が、のちの小樽運河建設決定に大きな影響を与えたという話からも、その影響力の大きさが伺えます。

※北防波堤は手宮緑化植物園(4月29日から開園)からよく見えますね。


伊藤長右衛門と南防波堤

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運河公園内に建つ石造倉庫「旧日本石油(株)倉庫」の横に建つのが、伊藤長右衛門の銅像です。

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廣井勇による小樽港の第一期工事に続き、第二期工事で南防波堤の建設を指揮したのが、廣井勇の弟子でもあるこの伊藤長右衛門です。

第二期工事は、第一期工事が終わってすぐに始まり、大正10年(1921年)に南防波堤が完成します。

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伊藤長右衛門が指揮した第二期工事の特徴としてよく知られているのが、ケーソンと呼ばれる大きなコンクリートの箱型の構造物を、所定の場所で水中に沈めて防波堤を作っていく工法です。

南防波堤は築港の平磯岬の近くから伸びていますが、その近くには製作したケーソンを海上に進水させる、斜路式ケーソン製作ヤードというのが今もあります。

ただ、コンクリート製ケーソン製造のための資材を運ぶために、昭和10年(1935年)に作られた大きなクレーン2基は、昨年、撤去されてしまいました(→小樽築港の斜路式ケーソン製作ヤードの歴史のある巨大なクレーン2基が解体撤去されてます)。

(このクレーンはもうありあせん)
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伊藤長右衛門の銅像の横にも説明文があるので、その内容も引用させてもらいます。

1875(明治8)年福井生まれ。
東京帝国大学で、のち日本近代港湾建設の父といわれた廣井勇に師事。卒業後、廣井の跡を継いで第2代小樽築港事務所長に就任し、第二期工事に携わる。
彼が考案した新しい技術は、その後の各地の築港工事の模範となった。

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おわりに

ということで、運河公園に建つ銅像の2人、廣井勇と伊藤長右衛門について調べてみました。

こうやって、防波堤に守られた現在の小樽港が造られたのですね。

今回は、ちょっと難しくて、調べるのにも手間取ったのですが、小樽は港にも歴史があって、興味深いですね。

※参考
・「おたる案内人テキストブック」小樽観光大学校運営委員会編
小樽散歩案内(発行:有限会社ウィルダネス)
広井勇 - Wikipedia
伊藤長右衛門 - Wikipedia

【関連記事】
小樽港の南防波堤周辺の様子と巨大なクレーン


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2014年6月23日 (月)

小樽ゆかりの榎本武揚〜龍宮神社と梁川通りとあやかり武揚さん

先日、お祭りがあった龍宮神社は、幕末・明治に活躍した人物、榎本武揚(えのもと たけあき)が建立したとのことでも知られる、とても立派な神社ですよね。

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榎本武揚は、幕末には徳川幕府の海軍副総裁になり、維新後は様々な大臣を歴任した、北海道、そして小樽との関係もとても深い政治家なんですよね。

小樽ゆかりの歴史上の人物ということで、小樽との関係についてちょっとだけ調べてみました。

榎本武揚と龍宮神社

まず、Wikipediaによると、

榎本 武揚(えのもと たけあき、天保7年8月25日(1836年10月5日) - 明治41年(1908年)10月26日)は、日本の武士(幕臣)、外交官、政治家。海軍中将、正二位勲一等子爵。通称は釜次郎、号は梁川。名は「ぶよう」と故実読みされることもある。
榎本武揚 - Wikipedia

ということで、小樽との関わりとなると、榎本は友人の北垣国道(後の第4代北海道庁長官)と一緒に、1872(明治5)年に、まだ未開の荒野だった今の小樽の稲穂と富岡地区一帯20万坪を購入し、北辰社を設立して市街地開発を進めていったそうです。

北海道の発展に際して、小樽に目を付けてくれたのですね。

その際に、所有地の一角に設けた小祠が、龍宮神社の前身といわれているそうです。
(参考:「まちづくり観光(7) まちづくり運動と観光」及び「おたる案内人:P173」)

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ちなみに、龍宮神社の創建は明治9年(1876年)とのことで、現本殿は昭和16年に竣工したものとのことです。
(参考:龍宮神社 (小樽市) - Wikipedia

神社内には銅像が建ち、社殿内には肖像画が飾られています。

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榎本武揚と梁川通り

龍宮神社のお祭りの時に露店が並ぶ、「梁川通り」という名の通りがありますよね。

場所は中央通りを挟んで、都通りの反対側に続く通りです。

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この梁川通りという名前は、この一帯(稲穂町)を所有していた、その榎本武揚の雅号の梁川(りょうせん)に由来するそうです。

ちなみに、都通りの1本国道側の「静屋通り」は、先ほど出てきた榎本の友人の、やはりこの一帯の大地主だった北垣国道の号の静屋(せいおく)に由来しているそうです。
(“せいおく通り”とは呼ばず、“しずや通り”と呼ばれてます)

都通りのあやかり武揚さん

アーケードの都通りには、榎本武揚の垂れ幕が下がってます。

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さらに都通りには「都通り あやかり武揚(ぶよう)さん」という、可愛い石造もありますね。

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知らない人にとっては、この可愛い武揚さんって誰?という感じにもなりかねませんが、以上のような小樽ゆかりの方だったんですね。

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ということで、榎本武揚に関しては、まだまだ歴史的背景が色々とあって深い人物のようですが、小樽ゆかりの人物として、小樽とのつながりについては知っておくといいかもしれませんね。

【関連記事】
龍宮神社のお祭りやってます
冬の龍宮神社
梁川通り(やながわどおり)
静屋通り」


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2010年12月30日 (木)

運河保存運動の象徴・峯山冨美さん〜訃報

本日12月30日の北海道新聞朝刊から要約しています。

『小樽運河の埋め立ての是非をめぐる「運河論争」で、運河保存派の先頭に立った市民団体「小樽運河を守る会」の元会長峯山冨美(みねやま・ふみ)さんが28日死去した。96歳。』

普通の主婦から、「小樽運河を守る会」の会長となり、運河保存運動を先導した峯山冨美さんは、その運動の象徴だったようです。

恥ずかしながら、この論争があった頃は私はまだ子供で、あまり詳しいことは知りません。
さらに、埋め立てが完了して、現在の姿になった1986年には、既に小樽を離れていて、テレビのニュースでそのことを知ったのを覚えています。

結果、残念ながら、全面保存はかなわなかったものの、現在の状態である、半分が残りました。
観光資源を頼りにしている、現在の小樽を考えると、なんと大きな運動であったかと思います。

現在、小樽に住む者として、ごく最近にそのような事があったということを、もっと認識しないといけないですね。


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