小樽ゆかりの人物

2021年10月10日 (日)

旭展望台駐車場に静かに建つ元小樽市長の安達与五郎像

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小樽の街と港を間近に見渡すことのできる旭展望台には、比較的広い駐車場があるのですが、その一角に銅像が建っています。

安達与五郎(あだちよごろう)像です。
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※安達與五郎とも記載されますね。

安達与五郎氏は、民選第2代小樽市長として、昭和26年から昭和42年まで、4期16年在任した方で、銅像はその業績を称えて建てられたものです。

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碑文によると、昭和42年に建てられたものでしょうかね。当時の稲垣祐市長の名前が記されています(ただ、正面には昭和54年の日付で志村和雄市長の名も刻まれてますね)。

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あまり知られてないかもしれませんが、こういった銅像も建てられているんですね。

※参考
・「おたる案内人テキストブック」小樽観光大学校運営委員会編
市民がブロンズ像3体を修復!7/12(土) 記念音楽祭(小樽ジャーナル)(2008年の記事)

※すぐ近くには、樺太記念碑も建っています(昭和48年9月の日付)。

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【関連記事】
9月の晴れた日の旭展望台から
小樽市民会館の敷地内に銅像が建つ藤山要吉と公会堂
梅ヶ枝町のバス通り沿いの梅広会館と宮尾直治翁像
小樽市総合博物館運河館で開催中のトピック展「昔なつかし動物園〜市長夫人の切り抜き帳より〜」を見に行ってきました(9月26日まで)

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2021年4月13日 (火)

小樽に残る渋沢栄一ゆかりの建物〜NHKの大河ドラマや新一万円札で注目の実業家

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渋沢栄一を主人公にした、NHKの大河ドラマ「青天を衝け」が、2021年2月から始まってますね。そして、渋沢栄一といえば、2024年に変わる新一万円札の肖像画になるんですよね。

あっ、ちょっと話が唐突でしたが、明治から昭和初頭にかけて活躍し「日本資本主義の父」などとも称され、生涯に約500もの企業に関わり、約600の教育機関・社会公共事業にも関わったという実業家・渋沢栄一は、小樽にもゆかりの建物が残っているなど、少なからず繋がりがある人物なんですよね。

ということで、その渋沢栄一ゆかりの建物について、今回はちょっと紹介してみようと思います。

北運河に建つ歴史的建造物の旧渋澤倉庫

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渋沢栄一は小樽では倉庫業に投資していたようですが、まずはその名前を冠して、小樽市指定歴史的建造物にも指定されている、北運河沿いの北浜橋の前に建つ「旧渋澤倉庫」がよく知られていると思います(※ここでの渋澤倉庫の表記は、小樽市のサイト表記に合わせています)。

3つの倉庫が前後に連なったような形が印象的な、明治25年(1892年)頃に建てられた木骨石造の倉庫建築で、現在はプレスカフェ(PRESS CAFÉ)とライブ・シアター・小樽GOLDSTONE(ゴールドストーン)が入っています。

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小樽市民には旧渋澤倉庫として馴染みのあるこの建物ですが、実は最初は遠藤又兵衛(富岡町の小樽警察署の上に小樽市指定歴史的建造物の「旧遠藤又兵衛邸」があります)が建てたものだそうで、渋澤倉庫(という会社名です)が小樽に進出した大正4年にこの建物を購入したそうです。

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他にもある旧渋澤倉庫の表記のある建物

さて、その他に「渋澤倉庫」という文字をどこかで見たことがありませんか!?

実は、小樽観光の象徴でもある小樽運河沿いに、「渋澤倉庫」の文字を見ることができるんですよね。

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先の北運河の旧渋澤倉庫には、建物に社名の表記はないのですが、小樽運河の浅草橋街園から見て右手に、旧渋澤倉庫の文字と、古い石造倉庫の壁面に見られる“印(しるし)”と呼ばれるマークが、はっきりと記された建物(倉庫)2棟が並んでいるんです。

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散策路から見ると、こんな正面にあるんですよね。

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ちなみに、昨年(2020年)夏から10月下旬にかけて、この建物に外壁工事が行われていて、現在はすっかりと綺麗になっています。

外壁工事前は、このような外観でした(2019年4月撮影)。
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運河と反対側の通りから見ると、建物は現在、店舗や駐車場などになってますね。Otaru_20190412-172647

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以前のニュースによると(2019年4月11日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄)、建物は現在も同社が所有しているとか(すいません、詳細は未確認です)。

そして、もう一箇所、あまり人目にはつかないかもしれませんが、先程、運河沿いの倉庫を見た浅草橋街園から、そのまま港方面に向かった、第2号埠頭の基部にも「渋澤倉庫」の表記を見ることができるんですよね。

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ここに関してはも、現在どうなっているかなど詳しいことは分からないのですが、「渋澤倉庫」の表記と印がはっきりと見られますね。

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渋澤倉庫は、小樽で数カ所に渡って倉庫を保有していたんですね。

第一国立銀行を前身とする旧第一銀行小樽支店

ゆかりの建物といえば、渋沢栄一は1873年(明治6年)に第一国立銀行を創業していますが、その第一国立銀行を前身とする旧第一銀行小樽支店の建物が、日銀通りと色内大通りの交差点の一角に今も建っていて、ゆかりの建物といえます。

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1924年(大正13年)建築の旧第一銀行小樽支店は、小樽市指定歴史的建造物にも指定されていて、現在は紳士服の縫製加工を行なっている、(株)トップジェント・ファッション・コアの社屋として活用されています。

小樽来訪時に旧開陽亭(旧魁陽亭)に宿泊

直接のゆかりの建物ということではないのですが、渋沢栄一は1908年(明治41年)に初めて小樽に来訪していて、8月16日〜19日にかけて3泊したという記録があるそうですが、その時に宿泊したのが、老舗料亭だった開陽亭(旧魁陽亭)だったそうです。

小樽市内各所を精力的に視察したようで、夜には宴会もひらかれたそうですよ。

旧魁陽亭(名称は創業期の魁陽亭から開陽亭、そして海陽亭と変わっています)は、2015年に営業を停止していて、その後所有者が変わり、現在は、建物所有者と小樽商科大学との共同研究によって、保存と活用に向けて亭内に残る様々な資料の調査・整理などが進められています。

(2018年4月撮影。現在はチェーンがあって敷地に入れません)
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その成果として、旧魁陽亭の150年に渡る歴史と遺産を紹介する冊子「旧魁陽亭-北海道を代表する老舗料亭-」が少し前に発行されたのですが、その中にも少しですが、渋沢栄一と開陽亭との関わりが記されています。

※参照:2019年4月25日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄(新一万円札の渋沢栄一 明治末期に小樽訪問)

おわりに

ということで、大河ドラマに新しい1万円札にと、渋沢栄一という人物の再評価とともに、注目度も高まっていますが、小樽にも残っている、渋沢栄一ゆかりの建物を紹介してみました。

街歩きをしていて、改めてこれらの建物を見ると、ちょっと新鮮な気持ちで見ることができるかもしれませんね。

※参照サイト・ニュース・書籍
小樽市指定歴史的建造物第20号【旧渋澤倉庫】 | 小樽市
・2019年4月11日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄(新一万円札の渋沢栄一ゆかりの建物)
新紙幣に採用、渋沢栄一と小樽 : ときどきの記 by 小樽の出版社“ウィルダネス”のブログ
・小樽チャンネルマガジン2020年10月号(vol.59)小樽れっけん「旧遠藤倉庫」

※総合博物館facebookページの参照投稿(澁澤倉庫についての投稿)
小樽市総合博物館 - 投稿 | Facebook
小樽市総合博物館 - 投稿 | Facebook

※参考
公益財団法人 渋沢栄一記念財団
渋沢栄一略歴|渋沢栄一|公益財団法人 渋沢栄一記念財団
澁澤倉庫株式会社 東京都江東区。倉庫業の他、流通加工や国際一貫輸送など総合物流企業。
紙幣刷新へ 1万円は渋沢栄一、5000円は津田梅子:日本経済新聞
新1万円札「渋沢栄一」紙幣デザインを発表 5年後めど発行 | 注目記事 | NHK政治マガジン
渋沢栄一 - Wikipedia

【補足:印(しるし)について】
小樽の古い石造倉庫の壁面には、“印(しるし)”と呼ばれるマークがよく見られますが、渋澤倉庫では、こちらの印が社名表記と一緒に記されていますね。

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これは、和楽器の鼓を立てて置いた状態の形に見えることから「立鼓(りゅうご・りうご」と呼ばれるものに、横棒の帯が入っていることから「オビリウゴ」とも呼ばれたものらしいです。

※印について参照
・「小樽散歩案内」(発行:有限会社ウィルダネス)
澁澤倉庫株式会社 創業者の精神
建物に掲げられた商人の証"印(しるし)" | 小樽市

【関連記事】
旧渋澤倉庫(プレスカフェ側)のずらりと並ぶ巨大ツララ【冬のちょっとした風景】
旧渋澤倉庫(現小樽GOLDSTONE)
小樽運河沿いの建物の外壁工事が終わったので記念撮影も大丈夫

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2020年12月27日 (日)

小樽にもゆかりのある作詞家・なかにし礼さん死去のニュース

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「石狩挽歌」や「北酒場」などといった多くのヒット曲でしられる作詞家で、直木賞作家でもあるなかにし礼さんが、2020年12月23日に心筋梗塞のため、東京都内の病院で死去したというニュースがありました。82歳でした。

そのヒット曲をあげるとキリがないほどで、そのほか各方面でも活躍されたなかにし礼さんの訃報は、あちこちで大きく取り上げられましたが、なかにし礼さんは小樽とゆかりがあるんですよね。というか、小樽に住んでいらしたんですよね。

それもあって、訃報は北海道新聞小樽・後志欄などでも大きく掲載されていて、小樽とのつながりについて知らせる内容も記載されていました。

※参照ニュース
・2020年12月26日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄、第2社会・第3社会欄
小樽ゆかりの作詞家、なかにし礼さん死去 歌碑や母校など今も地域住民に親しまれる - 小樽経済新聞

ニュースなどによると、1938年(昭和13年)、中国黒龍江省牡丹江市(旧満州)生まれのなかにし礼さんは、1946年(昭和21年)に引き揚げ後、父の実家がある小樽に移住しているんですね。

場所は豊川町だそうで、旧小樽市立手宮西小学校(2016年(平成28年)3月末に閉校)に通っていたそうです。

1947年(昭和22年)には、兄の事業失敗などで小樽を離れることになり、実際に小樽に住んでいたのは、数ヶ月と本当に短い期間だったようですが、その後の作家活動にも影響を与えたようです。

祝津にあるにしん御殿小樽貴賓館(旧青山別邸)には、なかにし礼さん直筆の歌詞が刻まれた「石狩挽歌」の記念碑(1997年建立)があります。

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なかにし礼さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

※関連ニュース
昭和を代表する作詞家・なかにし礼さん死去 - CDJournal ニュース
なかにし礼、逝去 | BARKS
作詞家 なかにし礼が死去 「北酒場」「石狩挽歌」「時には娼婦のように」 - amass

※なかにし礼さんの作詞したヒット曲例。
ザ・ピーナッツ「恋のフーガ」
北原ミレイ「石狩挽歌」
キャンディーズ「哀愁のシンフォニー」
黒沢年男「時には娼婦のように」
細川たかし「心のこり」、「北酒場」
北島三郎「まつり」
TOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」
小樽ゆかりの石原裕次郎にも詞を多く提供してます。
※参考:なかにし礼 - Wikipediaほか。

なかにし礼 オフィシャルサイト

【関連記事】
にしん御殿 小樽貴賓館/旧青山別邸
※関連ブログの関連記事
歌手のペギー葉山さんが死去〜「ドレミの歌」などで知られるペギー葉山さんは小樽とゆかりがありました | ローカルブロガーのメモ帳

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2019年12月10日 (火)

梅ヶ枝町のバス通り沿いの梅広会館と宮尾直治翁像

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先日、梅ヶ枝町方面に行く機会があって、梅ヶ枝町のバス通り(梅ヶ枝通りや祝津山手線と呼ばれてますね。市道名は「手宮川通線」)を歩いてきました。

この日はバスには乗らなかったのですが、この通り沿いにはバス停「梅広会館」があります。

(以下、写真は2019年10月5日撮影で雪はまだありません)
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で、こちらがそのバス停名になっている、梅広会館です。

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しっかりとした外観の、結構大きな会館ですね(梅ヶ枝町の「梅」と末広町の「広」ということでいいんですよね!?)。

で、梅広会館の入り口横には、胸像が建っているんですよね。

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そこには、「宮尾直治翁像」と書かれています。横には小樽市長安達与五郎の名前も。

すいません、勉強不足で宮尾直治氏のことは全く知らなかったので、この石碑に記された碑文の内容を後日しっかり読んでみました(以降、碑文を参照してます)。

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宮尾直治氏は、昭和12年7月に小樽警察署長の職を辞した後、梅ヶ枝郵便局長を努めながら民生福祉の向上に没頭し、以来30年間、ひたすら社会への奉仕に徹して活躍されたそうです。

保護司会、民生児童委員協議会、保健委員連絡協議会、社会福祉協議会、国民健康保健運営委員会、防犯協力会、郵政協力会、共同募金会、連合町会などなど、様々な公職につかれて、一つとして空名にしたのはないとのこと。

昭和40年10月24日、82年の生涯を閉じられ、市長はもとより、翁を知る多くの市民がこれを惜しみ、やがて敬慕の情が募って形になったのがこの像ということで、最初の祥月命日(昭和41年10月24日)にこの碑を除幕してます。

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ということで、梅ヶ枝町の梅広会館と、そこに建つ宮尾直治翁像についてでしたが、なるほど、こういう方もいらっしゃったのですね。勉強になりました(このような銅像は市で紹介してないのかな!?)。

※参考:安達市政と今は亡き忘れ得ぬ人々 (六) « そば会席 小笠原

 

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2018年6月14日 (木)

旧国道沿いの長橋中学校と2代目板谷宮吉について

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先日、長橋方面に行ってきたのですが、旧国道(長橋大通り)沿いにある、長橋中学校の前も通ってきました。

関係者でもない私が長橋中学校に来ることはないですし、そもそも、こうやって長橋中学校前に立ち止まるのも初めてかもしれません。

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ところで、長橋中学校といえば、小樽の歴史に興味のある方や学校関係者に知られているのが、海運業などで財を成した、2代目板谷宮吉との関わりですよね。

長橋中学校の前身である小樽市中学校は、2代目板谷宮吉からの敷地1万坪と20万円(現在の貨幣価値で4億円ほど)の寄付によって、大正14年(1925年)に創立されたんですよね。

今回、きちんとした写真を撮り忘れたのですが、長橋中学校の3枚の柏の葉からなる校章は、板谷家の紋章(丸に三つ柏)から、デザインしたものとのことです(参考:学校紹介 - 小樽市立長橋中学校)。

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板谷宮吉といえば、東雲町の高台に建つかつての豪邸で、小樽市指定歴史的建造物でもある「旧板谷邸」(現在は、その一部のみが残ってます)でもその名前が知られていますね。また、報酬を得ない名誉市長として、昭和8年〜12年にかけて小樽市長も務めています。

ということで、長橋中学校と2代目板谷宮吉についてでした。

個人的に長橋中学校は、規模が大きくて立派な中学校というイメージが昔からありますね。

そうそう、あと長橋中学校といえば、伊藤整が小樽高商(現小樽商大)を卒業後に、小樽市立中学の英語教師に就任してますね。

(こちらは裏門になるのかな)
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(旧国道もこの辺りは道路ぎわの緑が豊かです)
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(長橋中学校のバス停から)
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※参考サイト
小樽市立長橋中学校
小樽市 :おたる坂まち散歩 第41話 見晴らし坂(後編)
・「おたる案内人テキストブック」小樽観光大学校運営委員会編

【関連記事】
ニュースより/小樽市指定歴史的建造物の旧板谷邸を使用した料理店「海宝楼」と隣接のホテル「海宝楼倶楽部」が閉鎖


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2018年5月28日 (月)

小樽市役所の庭の奥に建つ胸像は市庁舎建設時に多額の寄付をした土肥太吉

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小樽市役所の正門横の庭の奥に胸像が建っています。

近づいてみると、この胸像の前の部分には「土肥太吉翁」と表記されています。

この土肥太吉(どいたきち)という方は、ここ小樽市役所前に胸像が建っているくらいですから、もちろん、小樽市役所と深いかかわりのある人物です。

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その前に、ここ小樽市役所の建物についてですが、実はこのとても重厚な市庁舎本館は、建てられたのが昭和8年(1933年)と古く、小樽市の歴史的建造物にも指定されている建物なんですよね。

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建物正面の柱や上部の彫刻などの外観のほか、内部も階段などが味わい深く、ステンドグラスが飾られていて、とても趣があります。

で、この市庁舎の建設にあたり、当時の金額で、総工費約26万円のうち、なんと10万円を寄付したのが、先ほどの胸像になっている、小樽の有力者の土肥太吉という方なんですね。

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ただ、すいません。手元にある書籍などでは、土肥太吉という人物について詳しく記載されているものがなく、それについては今後の課題にしたいと思います。

ちなみに、胸像の後ろに書かれている内容をなんとか読んでみると、生まれは越前で明治20年に小樽に移住して成功したようです。市庁舎建築に10万円を寄付したのは昭和5年のことで、同年享年78歳にして亡くなっているようです(碑文の署名は、昭和7年8月小樽市長木田川奎彦となっています)。

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昔の文章が今ひとつ分かりにくかったので、氏の経歴について間違っていたらご指摘ください。

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(この画像は加工してます。クリックすると拡大します)


ということで、小樽市役所に建つ、土肥太吉の胸像についてでした。

せっかくですから、ぜひ、公に土肥太吉という方がどのような人物だったかというのを、もっと広く紹介されるようになるといいですね。


※ちなみに、小樽市役所の土肥太吉の胸像の手前には、小樽区長も務めた渡辺兵四郎の石碑「渡邊翁碑」が建っています。

(胸像は小樽市役所正門向かって左側奥。この写真は2018年4月撮影)
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※参考
小樽市 :小樽市庁舎
気分は古代ヨーロッパ?歴史を感じる小樽市庁舎 | 北海道Likers
土肥太吉翁の像 - 小樽図鑑(樽タルビュー)

【関連記事】
小樽市役所は歴史的建造物〜本館正面から入ると時代は昭和に逆戻り
小樽市役所の市庁舎本館は、2013年10月15日で完成から80周年
小樽市役所


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2018年5月26日 (土)

小樽区長も務めた渡辺兵四郎の石碑「渡邊翁碑」が小樽市役所正門横に移動してる!?

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先日、小樽市役所に行ったのですが、小樽市役所の正門横に大きな石碑が建ってます。

あれ?ここにこのような石碑って、ありましたっけ!?

(写真は2018年5月15日撮影)
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その奥には、この市庁舎建設時に多額の寄付をした土肥太吉(どいたきち)氏の胸像があって、そちらは以前からあったと思うのですが、手前この石碑はあったかな?

で、近づいて見てみると、「渡邊翁碑」と書かれています。

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これは、小樽で明治の中頃から昭和初期にかけて活躍した実業家で、政治家でもあって小樽区長も務めた、渡辺兵四郎(わたなべ ひょうしろう)の石碑ですが…

あれ?この石碑は、もともと別の場所にあったものでは!?

渡辺兵四郎の石碑といえば、このすぐ近くの、小樽公園から花園公園通りを下ってすぐの角(小樽ミルク・プラントのすぐ上)に建っていたと思うのですが。

ということで、見に行ってみると…
(ここです)
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何もありませんね。
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ここにあったはずの石碑がなくなってます。

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ちなみに、以前、ここの渡辺兵四郎の石碑について書いた記事があって、その時の写真を掲載すると、こういう感じで建っていました。
(2017年4月撮影)
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※記事はこちら:小樽公園のすぐ下の角に建っている石碑は小樽区長も務めた渡辺兵四郎のものでした

つまり、時期はいつか分からないのですが、この石碑「渡邊翁碑」の場所が移動したということなんですね。

前に石碑が建っていた角地には、渡辺兵四郎の邸宅があったそうで、それであそこに建っていたようなんですが、あまり知られてはいなかったかもしれませんね。


渡辺兵四郎について

以前の記事からですが、この渡辺兵四郎という方は、生まれは秋田県能代で、その後小樽に渡り、当時の小樽の豪商で名家でもあった山田家に仕えます。

その後独立して、漁業のほか荒物商を営み、ニシン漁網の改良を手がけたりして漁業組合頭取、水産組合長なども務め、業界の舵取りを担ったそうです。

そして、商売から政界に転じ、区会議員、道会議員、衆議院議員などを歴任していて、明治45年には5代目小樽区長(市制施行前の区だった頃ですね)も務めています。さらには小樽商業会議所会頭も務めるなど、小樽の発展に大きく寄与した方なんですね。

ということで、渡辺兵四郎の石碑「渡邊翁碑」は、小樽市役所正門横に場所を移動してました。

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(石碑は小樽市役所正門向かって左側。この写真は2018年4月撮影)
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※参考
・書籍「小樽散歩案内」発行:有限会社ウィルダネス(Amazonで「小樽散歩案内」を探す)
・「おたる案内人テキストブック」小樽観光大学校運営委員会編
渡辺兵四郎 - Wikipedia


おまけ:小樽公園案内図の「渡邊翁碑」の表記について

先日、小樽公園の小高い丘にある見晴台に行った際、その端に、おそらく最近設置されたと思われる小樽公園案内図があったんです。

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それで渡辺兵四郎の石碑「渡邊翁碑」を確認してみると…

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確かに、小樽市役所の前に2番で「渡邊翁碑」が表記されています。

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で、公園案内図は、公園通りを上ってきて市民会館方面と図書館方面への別れ道のところにも、以前から設置されていて、ここの表記を見てみると、2番の「渡邊翁碑」は…

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以前の場所のままですね(2018年5月現在)。

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そのうちこちらの案内図も交換されるでしょうね。

ということで、案内図も変更になっているので、移動したのは間違いないようです。

【関連記事】
小樽公園のすぐ下の角に建っている石碑は小樽区長も務めた渡辺兵四郎のものでした


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2017年8月 9日 (水)

銀鱗荘入り口横に建つ小樽ゆかりの俳人・高浜年尾句碑

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平磯岬の高台に建ち、その豪華な姿がひときわ目を引く銀鱗荘、その銀鱗荘の入り口すぐ横に、石碑が建っています。

庭木と一体になっていてちょっと分かりにくいのですが、これは高浜年尾の句碑です。

(銀鱗荘入り口の…)
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(ここです)
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といっても勉強不足で、ここに碑が建っているということは最近知って、俳人・高浜年尾という方についてもよく知らなかったので、いつものようにちょっと調べました。

高浜年尾(1900年〜1979年)は、俳人として著名な高浜虚子の実子で東京神田生まれですが、1919年(大正8年)に小樽商業高等学校(現・小樽商科大学)に入学してるんですね。そして、学生らの俳句会「緑丘吟社」に参加しました。

高浜年尾は1924年(大正13年)に小樽を去ったのですが、その後も高浜虚子とともに何度か来樽していたそうです。

銀鱗荘の句碑は1974年(昭和49年)6月16日に、小樽ホトトギス会によって建立されたものです。

遠き家の/氷柱(つらら)/落ちたる/光かな

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この碑文は、小樽高等商業学校在学中に詠まれたものとのことです。

(句碑の背面)
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ということで、今回は銀鱗荘の入り口すぐ横に建つ、小樽ゆかりの高浜年尾の句碑についてでした。

※参考
・「おたる案内人テキストブック」小樽観光大学校運営委員会編
17 高濱年尾句碑小樽商工会議所ホームページ観光関連情報ページ内)
高浜年尾 - Wikipedia

(銀鱗荘)
20170720_150500

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2017年7月20日 (木)

【訃報】新谷昌明元小樽市長死去のニュース

元小樽市長の新谷昌明(あらや まさあき)さんが、死去したというニュースがありました。

ニュースによると、2017年7月17日に陳旧性肺結核のため亡くなったということです。88歳でした。

小樽出身の新谷昌明さんは、元北海道副知事でもあったんですね。

そして、小樽市長を1987年(昭和62年)4月から1999年(平成11年)4月までの、3期12年務めました。

この時期はというと、小樽運河が一部埋め立てられ、散策路などが整備された現在の姿に生まれ変わったのが1986年(昭和61年)で、以降、小樽が観光都市へとまさに変わっていく時期ですよね。

1992年には市景観条例を制定してます。また、1988年には市民団体「伊藤整文学賞の会」初代会長に就いてます。

実は私は新谷さんが市長だった期間は、小樽を離れていたので、残念ながらほとんどその時期のことを知らないのですが、小樽が大きく変わる時代の市長さんだったのですね。

新谷昌明さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

※参照ニュース
・2017年7月18日付北海道新聞夕刊
・2017年7月19日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄

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2017年7月 6日 (木)

手宮公園内に建つ北防波堤建設に従事した青木政徳の功績を讃える石碑

Otaru_20170504_141235


手宮公園内に立派な石碑があるのは知っていたのです、それがなたのものなのか知らなかったんですよね。

場所は手宮公園内の道路が交差しているところで、そこから階段に続いてその石碑が建っています。

※写真が桜の時期の2017年5月4日撮影なのでご了承を。

Otaru_20170504_141240

近づいてみると、その石碑の上部には「技師青木政徳之碑」と書かれています。

この青木政徳(あおきまさのり)という方、有名な方ではないようですが、小樽の港にとても深い関わりのある方ということで、ちょっと調べてみました。

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小樽港の北防波堤は、小樽築港第一期工事として、初代小樽築港事務所長で「港湾工学の父」とも呼ばれる廣井勇によって建設されましたが、その廣井勇のもとで、築港工事の監督に従事したのが、北海道庁技師だった青木政徳でした。

青木政徳は、自ら潜水服を着て海中に潜り、防波堤の基礎工事を指揮・監督したそうです。

しかし、青木政徳は明治33年(1900年)に病に倒れ、同年5月に北防波堤の完成を見ずに35歳の若さで亡くなってしまいました。

ちなみに、第一期工事は明治30年(1897年)に着工し、明治41年(1908年)に北防波堤が完成します。

で、青木政徳の功績を讃えて、小樽港の見えるここ手宮公園に、石碑が建てられたということなんですね(建立年については、明治44年という記述と大正5年という記述が見られたので、今度手宮公園に行ったら確認してみます。って、確認できるかな…)。

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小樽港の生みの親と言われる廣井勇博士と、その廣井勇の弟子で南防波堤の建設を指揮した小樽港の育ての親、伊藤長右衛門の銅像は、運河公園に建っています。

ということで、今回は手宮公園内に建つ、青木政徳の功績を讃える石碑についてでした。

※参考:「おたる案内人テキストブック」小樽観光大学校運営委員会編

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運河公園に建つ2つの銅像は、小樽港の近代化に深く関わりのある廣井勇と伊藤長右衛門


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