その他の気になる古い建物

2023年12月 7日 (木)

花園の嵐山通り沿いに建つ嵐山ビルは料亭「旧松島屋」の建物〜小樽チャンネルマガジン2023年10月号「小樽れっけん」より

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花園の飲み屋が集まる嵐山通り沿いに、以前から気になる建物があるんです。

嵐山通りの途中にあるその建物は「嵐山ビル」という建物で、一見、複数の飲食店が入る、この一帯によくある雑居ビルのように見えるのですが、見上げると、なんだか正面の建物外観とは似つかわしくない、和風の趣ある屋根が見えるんです。

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建物横にはなんとも味わい深い、お店の名前が並ぶ門というかアーチというかがあり、そこから建物の横の小路に入っていきます。

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(このアーチが本当に渋い)
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すると、その横の小路沿いに嵐山ビルに入るお店が並んでいて、これまたなんとも渋い光景なのですが、ここでも見上げると、窓が印象的な木造のとても味わい深い作りの建物の様子を見ることができ、なるほど、これが先ほど正面から見た和風の屋根とつながる建物部分になるんですね。

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で、この建物は元々なんだったんだろうと思っていたら、これ、かつては「松島屋」という老舗の料亭だったそうで、このことはつい最近知ることができたんです。

それは、私も連載を持たせてもらっている月刊フリーペーパー「小樽チャンネルマガジン2023年10月号(Vol.95)」(編集発行:株式会社K2)内の「小樽れっけん」という連載コーナーで、「旧松島屋(嵐山ビル)」として紹介されていました。

もう、この記事を見たときはびっくりしましたが、この「小樽れっけん」は小樽商科大学の高野宏康さん(小樽商科大学グローカル戦略推進センター学術研究員)によるもので、建物の歴史的背景や関わった人物などについて、丁寧な取材に基づいて興味深く紹介されていて、とても面白くて私も毎回楽しみに、そして、参考にさせていただいているんです。

で、せっかくですので、この旧松島屋(嵐山ビル)の建物について、小樽チャンネルマガジンの小樽れっけんの記事を参照させていただき、紹介しようと思います(内容はほぼ要約となるのでご了承を)。

※小樽チャンネルマガジン「小樽れっけん」旧松島屋(嵐山ビル)の記事はこちらで読めます。
小樽チャンネルマガジン2023年10月号

旧松島屋(嵐山ビル)

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嵐山通り沿いの現在、嵐山ビルという名称の建物は、明治末期から昭和初期まで営業していた料亭「松島屋」を改装したものだそうです。

松島屋は明治40年頃、宮城県石巻市渡波町から小樽へ来た阿部嘉蔵が開業した料亭で、当時は有力な老舗料亭だったそうです。その頃、小樽にはとても多くの料亭があったんですよね。

松島屋はうなぎ料理が名物だったそうで、私は知らないのですが、小樽を代表するうなぎ料理店として有名だった「新松島」は系列のお店だったそうです(松島屋2代目を継いだ嘉蔵の次男・藤作の兄・市蔵の息子・阿部源市が経営)。

昭和11年に、現在見られる木造の建物を新築。当時小樽は木材が豊富で、松島屋の新築にあたっても、数々の銘木が惜しみなく使用されているそうです。

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昭和28年に女将を務めていた2代目藤作の妻・きゑが亡くなると、長女・精子が女将を継ぎます。その後、昭和31年に松島屋は閉店したとのことです。

昭和38年に市内の家具店・渡部商店が松島屋の建物を購入して店舗として活用。家具店時代は1階のみを改装して使用していたそうです。

昭和51年に前面のみを雑居ビル風に改装して「嵐山ビル」と命名し、1階全体を飲み屋、2階を家具店の倉庫としたそうで、1990年代はじめ頃には12軒ほどのテナントが入って賑わっていたそうですよ。

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建物の反対側は、JRの高架沿いの通りに面してます。

(旧花園高架下商店街の建物が解体されため、反対側から建物裏側を眺めてみました)
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こちらは近くの歩道橋の上から。和風の屋根だけが見えます。
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かつて小樽にあった料亭は、昭和初期には次々と閉店していったとのことで、小樽の料亭建築といえば、海陽亭(旧魁陽亭)や旧光亭が知られてますが、この繁華街の中にひっそりと残る旧松島屋の建物も、小樽の料亭の繁栄を今に伝える、貴重な歴史的建造物なんですね。

※参照:小樽チャンネルマガジン2023年10月号(小樽れっけん「旧松島屋(嵐山ビル)」)

おわりに

いや〜、ということで、気になっていた嵐山通りの嵐山ビルが、かつて松島屋という料亭の建物だったということを知ることができました。

こういったところに、歴史的にも貴重な建物が現役で残っているというのも、小樽らしいかもしれませんね。

※高野先生、今回もとても深い取材で、貴重な情報をどうもありがとうございました。

※ちなみに嵐山通りは、山側は国道5号線を越えて、その先の小樽図書館まで続く通りになります。

小樽のフリーペーパー「小樽チャンネルマガジン」 | 小樽チャンネル

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2023年10月 1日 (日)

住ノ江の火の見櫓の修繕工事が行われて綺麗になった姿を見せています

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住之江会館前の緩やかな坂道沿いに建つ、1927年(昭和2年)建設の火の見櫓修繕工事が行われて、綺麗になった姿を見せています。

この住ノ江の火の見櫓は築96年ということで、老朽化が進んで倒壊の恐れも心配され、費用負担の面からも保存・維持は困難とのことで、2022年冬に一旦解体の方針が決まったというニュースがあったんですが、それを受けて2022年3月に有志による「小樽住ノ江の火の見櫓をまもる会」が設立されました。

小樽住ノ江の火の見櫓をまもる会が同年6月に無償で譲り受けて管理することになり解体は免れ、その後保存のために様々な活動を行い、今回費用を確保して修繕工事が行われることになったんですね。

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工事は2023年9月18日(月)〜30日(土)の期間で行われ、期間中は足場が組まれて、工事途中で私が見に行った際には、全体がシートで覆われてました。

(工事中の様子。9月27日(水)撮影)
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工事は鉄骨の傷みが大きい部分の補修・補強と塗装工事が行われたということです。

鉄骨は元々の銀色に塗り直されてます。錆落とし、錆止め、下塗り作業と進み、上塗りは銀色を2回塗りし、屋根と風見は錆色を再現してこげ茶(風見の羽根はシルバー)になっているそうです。

※参照:小樽住ノ江火の見櫓(@suminoe_yagura)(X/旧Twitter)

(工事後)
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(ちょっと天気が悪くて色が分かりにくいですね)
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この修繕工事については、2023年9月23日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄にも掲載されていたのですが、耐震性に関しては問題ないとのことです。

地域の目印にもなっているこの住ノ江の火の見櫓は、鋼鉄製で高さ14mあります。1927年(昭和2年)建設で、施工は地元の中嶋鉄工所。1986年(昭和61年)に住之江会館の建て替えに伴い、山側の現在の場所となったそうです。

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左横にある銘板は昭和61年の移設の時のもので、さらに上にある銘板には施工者が記されています。

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現在では歴史的にも火の見櫓自体が珍しく、さらに戦前に完成したこの住ノ江の火の見櫓は、戦時中の金属供出を免れた鋼鉄製という点でも珍しく、見張り台に残る半鐘も貴重とのことなんですね。

今後は地域の財産として、知名度の向上などに取り組みたいとのことで、将来的には国の有形文化財登録を目指して活動を続けるとのことです。実際に登録有形文化財となった火の見櫓は、全国に数基あるそうですよ。

現在は案内板も取り付けられてます。
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ちなみに、以前はこんな感じでした(以下、2023年7月20日撮影です)。
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これがこうです。
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(ちょっと色が分かりにくいので、また天気の良い日に撮ってきますね。)

ということで、住ノ江の火の見櫓の修繕工事が行われて、銀色に綺麗になった姿を見せています。今後も長く保存されていくといいですね。

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ニュースより/解体方針の住ノ江の火の見やぐらを住民有志が保存に向けて動きだす
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住ノ江町の坂と火の見やぐら

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2023年9月19日 (火)

色内大通り沿いの三箇株式会社の歴史ある建物の解体作業が始まっています

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色内大通り沿いに建つ、三箇(さんが)株式会社の建物が解体されるようで、作業が始まっています。

X(旧Twitter)で解体情報を目にしたのですが、全然知りませんでした。

建物の場所は、色内大通りを日銀通りのと交差点から北側(中央通り方面)に向かうと左手に建っています。

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この三箇株式会社の建物については、紹介されることがほとんどないのですが、大正7年(1918年)に「函館製網船具」として小樽で最初の鉄筋コンクリートで作られたといわれる建物とのことで、なかなかの歴史があるんですよね(当初の外観は今とちょっと違ったようです)。

実は以前、小樽市総合博物館のFacebookページでこの建物のこのことについて触れられていて、かねてから気になっていたこともあって、このブログでも取り上げたんです。
※こちらの記事です:気になる建物/色内大通沿いの三箇株式会社の建物

で、今回の解体情報を目にして、実際に建物を見に行ってみると、建物側面奥の解体が始まっていました。

※写真は2023年9月15日及び16日撮影
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正面から見えた建物内部は、すでにガランとしてました。

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解体作業って始まると早いので、建物がなくなるのもすぐかもしれませんね。

ちなみに、こちらが以前撮影した建物の写真です(2016年8月撮影)。
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ということで、解体が始まった三箇株式会社の建物についてでしたが、三箇株式会社のことも含めて、建物解体後にどうなるのかは分からないのですが、こういった歴史ある建物の解体は、やはりちょっと残念ですね。

三箇(さんが)株式会社

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気になる建物/色内大通沿いの三箇株式会社の建物

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2023年7月21日 (金)

住ノ江の火の見櫓〜「小樽住ノ江の火の見櫓をまもる会」が保存のために活動中

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住之江会館前の緩やかな坂道沿いに、火の見櫓(やぐら)が建っています。

この住ノ江の火の見櫓は、老朽化が進んで倒壊の恐れも心配され、費用負担の面からも保存・維持は困難とのことで、昨年(2022年)冬に一旦解体の方針が決まったというニュースがあったんですよね。

で、この状況を受けて、2022年3月に有志による「小樽住ノ江の火の見櫓をまもる会」が設立されました。

そして、小樽住ノ江の火の見櫓をまもる会が同年6月に無償で譲り受けて管理することになり、解体は免れ保存されることになったんですよね。で、現在は保存のために様々な活動を行っています。

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地域の目印にもなっているこの火の見櫓は、鋼鉄製で高さ14mあります。1927年(昭和2年)建設で、施工は地元の中嶋鉄工所。1986年(昭和61年)に住之江会館の建て替えに伴い、山側の現在の場所となったそうです。

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歴史的にも火の見櫓自体が現在では珍しく、さらにこの住ノ江の火の見櫓は戦前に完成し、戦時中の金属供出を免れた鋼鉄製という点でも珍しく、見張り台に残る半鐘も貴重とのことなんですね。

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会が状態を調査したところ、やはり老朽化が進んでいて、一刻も早く補修が必要とのことで、補修工事費は約250万が必要で、現在、助成金や寄付を募っているところとのことです。

また、国の登録有形文化財を目指す活動も行っていて、実際に登録有形文化財となった火の見櫓は、全国に数基あるそうです。

昨年からは、住民、市民への周知活動にも取り組み、パンフレットを作成し、ツイッター(@suminoe_yagura)での情報発信もしているので、状況はそちらで確認できます。

実際に見に行ってみると、周囲や火の見櫓に絡まる草も綺麗になり、サビ取りもしたそうで、現在は、案内板もとりつけられてますね。

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左横の銘板は昭和61年の移設の時のもので、さらに上には施工者を記したものもあるそうです。

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そうそう、実は先日の住吉神社の例大祭の際には、ライトアップを実施して、オリジナルグッズの販売も行ったんですよね。グッズはトートバック、Tシャツ、ボールペンがあったそうです。

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住吉神社の例大祭の露店は、神社横から火の見櫓のすぐ近くまでの道路沿いにも並ぶので、目に止まった方も多かったのではないでしょうかね。

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ということで、住ノ江の火の見櫓の保存のために「小樽住ノ江の火の見櫓をまもる会」が活動中です。まずは早くに補修工事ができるといいですね。

※Twitter:小樽住ノ江火の見櫓(@suminoe_yagura)

※参考:2022年7月23日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄(昨年の記事です)

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2021年4月13日 (火)

小樽に残る渋沢栄一ゆかりの建物〜NHKの大河ドラマや新一万円札で注目の実業家

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渋沢栄一を主人公にした、NHKの大河ドラマ「青天を衝け」が、2021年2月から始まってますね。そして、渋沢栄一といえば、2024年に変わる新一万円札の肖像画になるんですよね。

あっ、ちょっと話が唐突でしたが、明治から昭和初頭にかけて活躍し「日本資本主義の父」などとも称され、生涯に約500もの企業に関わり、約600の教育機関・社会公共事業にも関わったという実業家・渋沢栄一は、小樽にもゆかりの建物が残っているなど、少なからず繋がりがある人物なんですよね。

ということで、その渋沢栄一ゆかりの建物について、今回はちょっと紹介してみようと思います。

北運河に建つ歴史的建造物の旧渋澤倉庫

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渋沢栄一は小樽では倉庫業に投資していたようですが、まずはその名前を冠して、小樽市指定歴史的建造物にも指定されている、北運河沿いの北浜橋の前に建つ「旧渋澤倉庫」がよく知られていると思います(※ここでの渋澤倉庫の表記は、小樽市のサイト表記に合わせています)。

3つの倉庫が前後に連なったような形が印象的な、明治25年(1892年)頃に建てられた木骨石造の倉庫建築で、現在はプレスカフェ(PRESS CAFÉ)とライブ・シアター・小樽GOLDSTONE(ゴールドストーン)が入っています。

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小樽市民には旧渋澤倉庫として馴染みのあるこの建物ですが、実は最初は遠藤又兵衛(富岡町の小樽警察署の上に小樽市指定歴史的建造物の「旧遠藤又兵衛邸」があります)が建てたものだそうで、渋澤倉庫(という会社名です)が小樽に進出した大正4年にこの建物を購入したそうです。

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他にもある旧渋澤倉庫の表記のある建物

さて、その他に「渋澤倉庫」という文字をどこかで見たことがありませんか!?

実は、小樽観光の象徴でもある小樽運河沿いに、「渋澤倉庫」の文字を見ることができるんですよね。

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先の北運河の旧渋澤倉庫には、建物に社名の表記はないのですが、小樽運河の浅草橋街園から見て右手に、旧渋澤倉庫の文字と、古い石造倉庫の壁面に見られる“印(しるし)”と呼ばれるマークが、はっきりと記された建物(倉庫)2棟が並んでいるんです。

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散策路から見ると、こんな正面にあるんですよね。

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ちなみに、昨年(2020年)夏から10月下旬にかけて、この建物に外壁工事が行われていて、現在はすっかりと綺麗になっています。

外壁工事前は、このような外観でした(2019年4月撮影)。
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運河と反対側の通りから見ると、建物は現在、店舗や駐車場などになってますね。Otaru_20190412-172647

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以前のニュースによると(2019年4月11日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄)、建物は現在も同社が所有しているとか(すいません、詳細は未確認です)。

そして、もう一箇所、あまり人目にはつかないかもしれませんが、先程、運河沿いの倉庫を見た浅草橋街園から、そのまま港方面に向かった、第2号埠頭の基部にも「渋澤倉庫」の表記を見ることができるんですよね。

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ここに関してはも、現在どうなっているかなど詳しいことは分からないのですが、「渋澤倉庫」の表記と印がはっきりと見られますね。

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渋澤倉庫は、小樽で数カ所に渡って倉庫を保有していたんですね。

第一国立銀行を前身とする旧第一銀行小樽支店

ゆかりの建物といえば、渋沢栄一は1873年(明治6年)に第一国立銀行を創業していますが、その第一国立銀行を前身とする旧第一銀行小樽支店の建物が、日銀通りと色内大通りの交差点の一角に今も建っていて、ゆかりの建物といえます。

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1924年(大正13年)建築の旧第一銀行小樽支店は、小樽市指定歴史的建造物にも指定されていて、現在は紳士服の縫製加工を行なっている、(株)トップジェント・ファッション・コアの社屋として活用されています。

小樽来訪時に旧開陽亭(旧魁陽亭)に宿泊

直接のゆかりの建物ということではないのですが、渋沢栄一は1908年(明治41年)に初めて小樽に来訪していて、8月16日〜19日にかけて3泊したという記録があるそうですが、その時に宿泊したのが、老舗料亭だった開陽亭(旧魁陽亭)だったそうです。

小樽市内各所を精力的に視察したようで、夜には宴会もひらかれたそうですよ。

旧魁陽亭(名称は創業期の魁陽亭から開陽亭、そして海陽亭と変わっています)は、2015年に営業を停止していて、その後所有者が変わり、現在は、建物所有者と小樽商科大学との共同研究によって、保存と活用に向けて亭内に残る様々な資料の調査・整理などが進められています。

(2018年4月撮影。現在はチェーンがあって敷地に入れません)
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その成果として、旧魁陽亭の150年に渡る歴史と遺産を紹介する冊子「旧魁陽亭-北海道を代表する老舗料亭-」が少し前に発行されたのですが、その中にも少しですが、渋沢栄一と開陽亭との関わりが記されています。

※参照:2019年4月25日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄(新一万円札の渋沢栄一 明治末期に小樽訪問)

おわりに

ということで、大河ドラマに新しい1万円札にと、渋沢栄一という人物の再評価とともに、注目度も高まっていますが、小樽にも残っている、渋沢栄一ゆかりの建物を紹介してみました。

街歩きをしていて、改めてこれらの建物を見ると、ちょっと新鮮な気持ちで見ることができるかもしれませんね。

※参照サイト・ニュース・書籍
小樽市指定歴史的建造物第20号【旧渋澤倉庫】 | 小樽市
・2019年4月11日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄(新一万円札の渋沢栄一ゆかりの建物)
新紙幣に採用、渋沢栄一と小樽 : ときどきの記 by 小樽の出版社“ウィルダネス”のブログ
・小樽チャンネルマガジン2020年10月号(vol.59)小樽れっけん「旧遠藤倉庫」

※総合博物館facebookページの参照投稿(澁澤倉庫についての投稿)
小樽市総合博物館 - 投稿 | Facebook
小樽市総合博物館 - 投稿 | Facebook

※参考
公益財団法人 渋沢栄一記念財団
渋沢栄一略歴|渋沢栄一|公益財団法人 渋沢栄一記念財団
澁澤倉庫株式会社 東京都江東区。倉庫業の他、流通加工や国際一貫輸送など総合物流企業。
紙幣刷新へ 1万円は渋沢栄一、5000円は津田梅子:日本経済新聞
新1万円札「渋沢栄一」紙幣デザインを発表 5年後めど発行 | 注目記事 | NHK政治マガジン
渋沢栄一 - Wikipedia

【補足:印(しるし)について】
小樽の古い石造倉庫の壁面には、“印(しるし)”と呼ばれるマークがよく見られますが、渋澤倉庫では、こちらの印が社名表記と一緒に記されていますね。

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これは、和楽器の鼓を立てて置いた状態の形に見えることから「立鼓(りゅうご・りうご」と呼ばれるものに、横棒の帯が入っていることから「オビリウゴ」とも呼ばれたものらしいです。

※印について参照
・「小樽散歩案内」(発行:有限会社ウィルダネス)
澁澤倉庫株式会社 創業者の精神
建物に掲げられた商人の証"印(しるし)" | 小樽市

【関連記事】
旧渋澤倉庫(プレスカフェ側)のずらりと並ぶ巨大ツララ【冬のちょっとした風景】
旧渋澤倉庫(現小樽GOLDSTONE)
小樽運河沿いの建物の外壁工事が終わったので記念撮影も大丈夫

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2020年11月 7日 (土)

花園公園通りのパチンコ店裏の気になる大きな古民家がテレビで紹介されていたので、ブログにも書き留めておきます

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2020年10月24日(土)放送のテレビ北海道「土曜旅館 桜の間」という番組で、河本準一さんと朝見心さんが、小樽にロケにきてました。

で、その番組内で、花園町の古民家が紹介されていたんですよね。それが、上の写真のかなり大きな洋館です。

実はこの建物、なんと4年前(2016年)に読者さんから、この建物についての問い合わせがあって、私も全然知らなくてお答えできなかったという建物なんですよね。

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それ以来、気にはなっていたものの、いかんせん情報がなくて、どなたか住まわれているかもと、ブログにも掲載はしていなかったのですが、いきなり番組に出てきてびっくりしました。

でも、おかげで、建物についての概要も色々と分かったので、番組内容を元に、書き留めておこうと思います。

※参照:コロナで消えゆく!?商都・小樽の古民家 「土曜旅館 桜の間」こんな時こそ願望叶え旅 小樽・美瑛リアルに実感① | テレビ北海道

場所は、花園公園通り沿いのパチンコ店の裏です。

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そのパチンコ店は、かつては映画館(松竹中劇)だったのですが、この建物は無声映画の弁士さんが建てて、全国からやってくる弁士さんの宿泊所としても使っていたという建物だそうです。

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右側の建物と…
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左側の建物は…
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つながってます。
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番組情報では、1929年(昭和4年)建築で、とにかく広い、広い、広い。床面積122坪で、7LDK“以上”ということで、様々な人が住み込みで働いていたため、増築も行われ、現在の間取りになったとか。

外観は洋風ですが、内部は結構和風で、とにかく広かったですね。用途としては、改装してゲストハウスといった用途が考えられるようですね。

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ということで、気になっていた花園町のパチンコ屋裏の大きな古民家が、思いもかけずにテレビで紹介されたので、このブログにも書き留めておきました。

気になっていた建物について、概要が分かってよかったのですが、番組でも言っていたのですが、古民家って、やはり売れていかないと、そのうち壊されてしまうんですよね。

この建物は、実際に番組でこの物件を案内していた大成不動産にて扱っているようですが、そうなると、建物の今後が気になるところです。

TVh テレビ北海道
土曜旅館 桜の間 | Facebook

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2017年11月 8日 (水)

先日、壁が剥がれ落ちた色内の建物は旧丸本水産株式会社(旧日本通運小樽支店)

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ちょっと前の10月30日ことなんですが、この日の小樽は風が強くて大荒れの天気で、そのために運河近くの建物の壁が剥がれたというニュースがあったのを覚えてますか?

テレビのニュースでも壁が剥がれ落ちた映像が流れ、翌日2017年10月31日付北海道新聞朝刊小樽・後志欄にも掲載されていました(※参考ニュース:北海道ニュース UHB | UHB:北海道文化放送)。

実は今回は、その建物についてなんですが、場所は色内大通り沿いの重要文化財の旧日本郵船(株)小樽支店のすぐ近くで、以前からこの建物については、見た感じ歴史がありそうな佇まいで、どういう建物か気になっていたんです。

(これは被害の後の写真。2017年11月4日撮影)
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すると、なんと月刊フリーペーパー「小樽チャンネルマガジン Vol.22(2017年9月号)」(編集発行:株式会社K2)内の「小樽れっけん」という連載コーナーで、この建物が紹介されているではないですか!

建物は「旧丸本(まるほん)水産株式会社」として紹介されていて、読んでみると、やっぱりなかなか歴史のある建物でした。

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ちなみにこの「小樽れっけん」というコーナーは小樽商科大学によるもので、建物の歴史的背景や関わった人物などについて、丁寧な取材に基づいて興味深く紹介されていて、とても面白くて私もいつも楽しみに、そして、参考にさせていただいているんです。


で、建物についての背景が分かったところで、当ブログでも紹介しようと、建物の写真も撮影してきて、早く記事にしなければと思っていたところの、先日の荒天による壁がはがれる被害だったわけです。

前置きが長くなりましたが、この「旧丸本水産株式会社」の建物について、小樽チャンネルマガジンの小樽れっけんの記事を参照させていただき、紹介しようと思います。

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(すぐ横が旧日本郵船(株)小樽支店)
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旧丸本水産株式会社の建物について

※小樽チャンネルマガジンVol.22(2017年9月号)小樽れっけんの記事から、建物についての部分を要約させていただいてます。

(写真は9月26日撮影)
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旧丸本水産株式会社の建つ場所は、前述の通り、旧日本郵船(株)小樽支店のすぐ近くで、クリーム色(かな?)のタイル貼りの外壁が目に留まります。

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この建物は、もとは昭和3年(1928年)に日本通運小樽支店として建てられたもので、その前は「一寸屋」という料亭があったそうで、裏に建つ石蔵は、そのころから使用されていたものとのことです。

(旧手宮線の散策路側から石蔵が見えます。左が石蔵)
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その後、昭和34年(1959年)に日本通運小樽支店が港町に移転後、建物を購入した「丸本水産」が、翌昭和35年(1960年)から平成24年(2012年)までの約半世紀の間、使用していました(丸本水産は平成23年に事業停止)。

ちなみに、この建物は社屋兼住宅として使用されていて、右横の建物がその住宅部分で、社屋とは渡り廊下でつながっているんですね。

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住宅部分は住みやすくするために、改装・増改築を行なっているそうで、丸本水産の後は、cafe RAMAT(カフェ ラマット)、シェアハウス、あんかけ焼そば親衛隊の事務所などにも使用されたそうですが、今はどうしているのかな?

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ということで、今回は丸本水産の社屋兼住宅として使用されてきた、旧丸本水産株式会社の建物についてでした。

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おわりに

今回、この建物を見に行った後で、荒天で壁が一部剥がれ落ちる被害があったわけですが、その後にもう一度見に行った時にはシートで覆われていて、どのような工事を行なっているのか、そして、今後この建物がどうなるのかも気になります。

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※この建物名は、旧日本通運小樽支店とも言える建物ですが、今回参照した小樽チャンネルマガジンの小樽れっけんの記事の注意書きで、“(前略)本稿は丸本水産を紹介する内容のため同社名とした。”と書かれていたので、当ブログでもそれにならって旧丸本水産としています。

※丸本水産は機船底曳網漁の先駆けとなった水産会社ということで、会社についての詳細は、今回参照した小樽れっけんの記事にさらに詳しく書かれているので、そちらも読んでください。「小樽チャンネルマガジン Vol.22(2017年9月号)」です。

※小樽チャンネルマガジンは、サイトで電子版を読むこともできます。こちらに各号へのリンクがあります。丸本水産はVol.22(2017年9月号)です。
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2017年8月 7日 (月)

桜町の高台に建つ量徳寺東小樽支院の建物

坂の街・小樽の中で、桜町も坂の多い地域で、桜町本通りから平磯公園方面に向かっては、結構急な坂が続いてますよね。

その途中の高台に建っている、とても立派なこちらの寺院建築ですが、この建物は量徳寺東小樽支院です。

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この量徳寺東小樽支院は、小樽をディープに案内する書籍「小樽散歩案内」(発行:有限会社ウィルダネス)で紹介されていて、気になっていたのですが、ようやく見に行くことができました。

※量徳寺東小樽支院については、月刊フリーペーパー「小樽チャンネルMagazine Vol.18」(編集発行:株式会社K2)連載「小樽れっけん」でも詳しく紹介されています(2017.8.9追記)。

場所は、桜町本通りのバス停「東小樽」横から坂道に入ると、その先に東小樽会館が正面にあり、ここを左に曲がると、その先右手に上っていく坂道があって、その途中にこの大きな寺院建築が建っています(その前は墓地になってます)。

(「東小樽」のバス停)
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(バス停横の坂道を上ってた先に東小樽会館)
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(東小樽会館前を左折)
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(右手の上っていく坂道の途中に寺院建築の建物が見えます)
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(この左に草木に覆われてますが建っています)
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(やっと見えました)
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量徳寺といえば、入船町に建つお寺ですが(入船通りのコープさっぽろ小樽南店の隣)、「小樽散歩案内」によると、昭和初期の桜町一帯の開発が進んでいた頃に入船町の本堂が新築されることになり、古い本堂を桜町に移築して「支院」としたそうです。

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もともとのこの建物の竣工年は不明ですが、明治時代のものだそうです。

現在は、“私有地に付き立ち入り禁止「危険」”の立て看板があって、ロープが張られてますね。

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周囲には草木が茂っていて、建物全容がよく見えないのですが、建物への出入りはないようなので、だいぶ建物が傷んでいるようですね。

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このまま荒廃していってしまうのか、これだけ立派な寺院建築ですから、今後どうなるのかは気になるところです。


参考:小樽散歩案内(発行:有限会社ウィルダネス)

そうそう、このあたりからの振り返って見た眺めも、なかなかいいですよね。

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※参考サイト:桜町の高台 〜量徳寺東小樽支院のあたり〜 : ときどきの記 by 小樽の出版社“ウィルダネス”


《追記 2017.8.9》
量徳寺東小樽支院については、私も愛読している月刊フリーペーパー「小樽チャンネルMagazine Vol.18」(編集発行:株式会社K2)の連載「小樽れっけん」で、かなり詳しく紹介されてました。

そこで紹介されているのですが、入船町の量徳寺は、晩年を小樽で過ごした新撰組の永倉新八の菩提寺としても知られていますが、永倉新八の菩提寺となった頃は、まだこの量徳寺東小樽支院の建物が本堂だったということで、そんなゆかりのある建物でもあったんですね。

移築して量徳寺東小樽支院となったのは、現在の桜町一帯の開発が進められていた、昭和12年のことだそうです。

※参考:小樽チャンネルMagazine Vol.18「小樽れっけん」
※関連記事:新撰組の永倉新八の菩提寺である量徳寺の碑と資料室、そして国道沿いの対面の地の立て看板


【関連記事】
※先日桜町方面に行った時の桜町関連の記事。
桜町にある近隣公園「さくら公園」〜ん?隣接するグラウンドは…
桜町の「ぱんじゅう処 あんあん」でぱんじゅうを買ってきた
桜町にあった気になる建造物は水道施設「桜低区配水池」でした
桜ロータリーから熊碓神社までの坂道から横に入る通りに名前が付いてた
桜ロータリーからまっすぐ続く坂道の先の高台に建つ熊碓神社へ
放射状に5本の道路が伸びる桜ロータリー


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2017年7月12日 (水)

蘭島海岸のすぐ近くにある「蘭島神社」の様子【追記あり】

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先日、忍路・蘭島方面に行く機会があったのですが、その際、蘭島神社に行ってみました。

国道5号線で蘭島地区に入って、最初の信号を蘭島の海岸方面に入って行くと、通りの右手にあります。

鳥居です。社殿は奥にありますね。
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(海側から見たところ)
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隣にあるのは蘭島保育園ですね。
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鳥居をくぐると手水舎があって。
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狛犬の先に社殿が建っています。

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ん?この狛犬、ちょっと表情が変わってる!?
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目と牙に色が付いてるからかな。

こじんまりとした神社ですが、その小さな社殿に近づいてみると、とても綺麗な彫刻の装飾が施されていますね。

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神社も木々に囲まれてますが、背後は森ですね。

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こちらの蘭島神社について、由緒などを調べようと思ったのですが…

実は、ネットやら所有している書籍を見ても、ここ蘭島神社については、詳しい記載を見つけることができませんでした(う〜ん、なんでだろう。もうちょっと調べてみようかな)。

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例大祭については、2017年は6月17日(土)・18日(日)に行われています。

ところで、蘭島といえば、やっぱり海。海水浴場ですよね。

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2017年の蘭島海水浴場は、7月14日(金)にオープンして、8月27日(日)まで開設される予定です。

※参照:小樽市 :海水浴場オープン情報

【追記】
2023年6月に蘭島を少し歩いてきたのですが、その際に蘭島神社にも立ち寄ってきました。社殿後ろの本殿の写真も撮ってきたので追記しておきます(追記は2023年9月8日)

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裏に続く本殿。
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読みにくいですが「平成二年六月吉日 御大典記念 本殿台座修築」と書かれているでしょうか。
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【関連記事】
蘭島を歩く【まとめ記事】〜蘭島駅から海岸周辺へ

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2017年7月 1日 (土)

有幌町の細い道路に石造倉庫が続く風景〜入口の大きな建物は旧中村倉庫!?

観光客で賑わうメルヘン交差点を抜けて臨港線まで行くと、交差点の右奥に大きな倉庫が見えます。

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実は、ここからさらに右に細い道路が続いているんですよね。

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臨港線の一本海側になるんですが、ここは住所でいうと有幌町になります。

先ほどの大きな倉庫の横まで行くと、細い道路が曲がりながら先に続いているのが見えます。

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ここ有幌町には、かつてたくさんの石造倉庫が建ち並んでいたそうです(う〜ん、すいません、私はほとんど記憶にないんです…)。

昭和40年代後半に、当時の道路整備計画による、小樽運河の埋め立てを含む道路の建設事業によって、まずここ有幌町にあったそれらの石造倉庫が次々と解体されていったそうです。

これを目にして危機感を持った一部の市民が立ち上がって、運河の埋立反対、保存運動が起こることになるんですね。

先ほどの細い通りを歩いてみると、両側には今も残る石造倉庫が静かに建っています。

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観光施設はなくて、普通に倉庫として使われているようで、同じく石造倉庫が多く残っているすぐ近くの観光客で賑わう堺町通りとは、全く違う雰囲気ですね。

ちなみに、通りは短いんですが、そこを抜けると西松屋やオートバックスがあります。

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(振り返って見たところ)
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通りの入り口の大きな倉庫は旧中村倉庫!?

ところで、この通りの入り口にあった、こちらのかなり大きな倉庫。

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駐車場側の壁面は、綺麗に補修されてますが、これは「旧中村倉庫」ですかね?

旧中村倉庫については、たまに記述を目にするのですが、あまり詳しくは紹介されてないんですよね。

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ちょっと調べたところによると、この旧中村倉庫は、福井県出身の北前船主・中村三之丞によって、明治28年(1895年)に建てられた石造倉庫ということで、一部は近年(平成19年)に火災のために焼失したそうです。

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いくつかの資料を見ると、これがその旧中村倉庫のようですね。

(海側から見た風景)
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ということで、今回は旧中村倉庫とそこから続く通り沿いの石造倉庫が建つ風景でしたが、通り自体は短いものの、今となっては当時を偲ぶ風景として、ここは貴重かもしれませんね。

※参考
小樽散歩案内(発行:有限会社ウィルダネス)
・「おたる案内人テキストブック」小樽観光大学校運営委員会編(「運河」の章より)
・小樽チャンネルMagazine Vol.17(「二、北前船主がつくった石造倉庫」より)

※小樽チャンネルMagazineは、小樽チャンネルのサイト内でも紹介されてます。
小樽チャンネルマガジン | 小樽チャンネル


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