花園グリーンロードを端から端まで歩いてみる
先日、花園グリーンロードを端から端まで歩いてきました。
花園グリーンロードというと、おたる潮まつりの潮ねりこみのスタート地点になっていたりして、市民にはお馴染みの通りですが、市の中心部のちょっと外れにあるので、説明するとなると、やや分かりにくいですね。
花園公園通りと平行して、入船町よりにあり、山側(小樽公園側)が花園小学校から始まり、海側は花園銀座三丁目商店会の通りまで続いています。
両側の道路に挟まれるように、中央部には遊具のある公園やちょっとした広場などのスペースが設けられ、全体としてはかなり幅広の通りになってますね。
この花園グリーンロードは、昔は花園スポーツセンターと呼ばれていたというのは、ご存知の方も多いでしょうが、ごめんなさい、私はそう呼んでいた記憶がないんですよね。
で、特に過去に体育館のような施設があったわけではないそうで、何故そのように呼ばれていたのかは、ちょっと分かりませんでした。
この花園グリーンロード(花園スポーツセンター)については、調べてみても詳しいことがよくわからなかったのですが、たまたま目にした、「小樽なつかし昭和アルバム」という以前の北海道新聞の折込紙の第2号に、ちょっとだけ記載がありました。
それによると、花園グリーンロードの通りは、古くは「花園学校通り」とも呼ばれ、戦時中に防火帯とするために一部の家屋を撤去し、広い道幅が生まれたのだそうです。
さらにその記載によると、昭和30〜40年代にここが「スポーツセンター」と呼ばれていたとのことですが、なんでそう呼ばれていたかは定かでないようです。
ちなみに、この花園グリーンロードの花園銀座三丁目商店会側には、プレートが設置されていて、それを見ると、「命名 昭和59年9月10日」という表記があるので、名称自体はそう古くはないですね(といっても31年前か…)。
花園グリーンロードを端から端まで歩いてみる
では、ざっとですが、花園グリーンロードを端から端まで歩いてきた際に撮ってきた写真を掲載していきたいと思います。
スタートは花園小学校前(小樽公園側)ですが、その前に、花園小学校前の通りの様子です。
下の写真では、右側に花園小学校で、左側から花園グリーンロードが始まります。先に見えるのは菁園中学校。
逆の市民会館方面です。
で、振り返って、真後ろの花園小学校側。
で、花園グリーンロードを歩き出すと、何やらすぐにモニュメントがあります。
これには「遊泳」というタイトルがついてます。
横の幅広の道路。
大正湯。
最初の信号のある交差点は、小樽警察署から続く通りとの交差点で、この通りは、今はほとんど聞かれませんが、第三大通りとも呼ばれてます。
この交差点を左折して、すぐ右手には、小樽市指定歴史的建造物の旧花園町会館(現花園会館)が建っています。
花園グリーンロードに戻って、山側(小樽公園側)を振り返ったところ。
途中の綺麗なトイレ。
次の大きな交差点は、国道5号線との交差点ですが、ここは地上の横断歩道の他に、地下を渡る「花園地下歩道」もあります。
(過去記事:花園地下歩道)
ちなみに、ここ国道5号線は第二大通りと呼ばれてました。
で、地下歩道を渡ります。
彫刻がありました。台座には「春陽」と書いてます。
再び山側(小樽公園側)を振り返ったところ。
次の広場には「いこいの広場」という名前がついていました。
休憩ベンチ。
水飲み場。
そして、端までやってきました。
この突き当たりを横切る通りは、サンモール一番街〜花園銀座商店街から続く通りですが、花園銀座商店街が終わってからここまでは、花園銀座三丁目商店会になります。
で、この通りが第一大通りになるわけですね。
ということで、以上、花園グリーンロードの様子でした。
花園グリーンロードの冬の様子
花園グリーンロードは、冬の間は閉鎖されています。というか、雪に埋もれています。
実は、冬の間に花園グリーンロードの様子を撮った写真もあるので、季節外れですが、掲載したいと思います。
(花園小学校側)
(横の道路)
(トイレ)
ということで、冬の間はかなりの雪の量で、真ん中の公園などの部分は雪が積もり放題で、入ることができませんね。
以上、雪に埋もれる、花園グリーンロードの冬の様子でした。
【関連記事】
・旧花園町会館(現花園会館)
ランキングに参加しています。
にほんブログ村
スポンサーリンク
| 固定リンク
「 小樽の通り」カテゴリの記事
- 国道5号線と道道1号線の朝里十字街(朝里川温泉入口)から(2018.11.30)
- 国道5号線の長橋バイパスと旧国道の合流地点とオタモイ跨線橋(2018.07.10)
- 旧国道のオタモイ入口の交差点から(2018.07.06)
- 旧国道の長橋十字街から(2018.06.12)
- 桜ロータリーから熊碓神社までの坂道から横に入る通りに名前が付いてた(2017.07.24)
コメント
ここも懐かしいです!私も花園スポーツセンターと呼んでましたね。でも本当、なぜスポーツセンターと呼ばれてたんでしょうね…
大正湯も健在なんですね!ここは昔、松山千春さんが市民会館のコンサートの時寄ってた話を聞いた事があります。
菁園中学は母校です。私が在学中、花園小学校が火事になり、一時 菁園中学に花園小学校の生徒が教室を使ってた頃がありました。
投稿: 百川 | 2015年7月 2日 (木) 23時08分
百川さん、こんばんは。
やっぱり、花園スポーツセンターと呼んでたんですね。
けど、ほんと、なんでスポーツセンターだったんでしょうね。
大正湯、健在です!お〜、松山千春さんが入りにきてたんですか!
菁園中学が母校でしかた!火事で花園小学校の生徒がきたことがあったんですね。火事は恐いですが、ちょっと記憶に残る出来事ですね。
投稿: 小梅太郎 | 2015年7月 3日 (金) 00時20分
いつ頃からスポーツセンターと呼んでいたのか調べようと思い
今昔マップ(http://ktgis.net/kjmapw/index.html)を見ていたら、 花園小辺りは高女校(1935年地図)桜陽高校(1950年地図)だったん ですね。
何故あの時代に母が高女校の事務職員として南小樽から通勤できたかがわかりました。
この記事に感謝です。ありがとうございました。
投稿: 神奈川の小樽人 | 2015年7月 3日 (金) 11時48分
神奈川の小樽人さん、こんばんは。
“今昔マップ”というのがあるんですね!これは面白いですね。
確かに、花園小あたり(菁園中学校付近)に桜陽高校の前身の小樽高等女学校があったんですよね。
なるほど、お母様が働かれてたのですね。
何だか上手く繋がったようで、お役にたてたなら、嬉しいです!
投稿: 小梅太郎 | 2015年7月 3日 (金) 23時09分
友達の家が写っていますo(*^▽^*)o
数えきれないほど歩いた道です。
小樽に帰った時は必ず歩きます。
子供の頃は積もり放題になった雪の上を歩いて何度埋もれたか・・・今考えると危険な遊びですよね。でも面白かった〜
投稿: EKO | 2015年7月 4日 (土) 00時53分
いつも楽しく拝見させていただいております。
私の高校の同級生でもあるSの文章に以下のようにあります。
URLは以下です。
http://otaru-class.com/blog/2014/11/21/%E8%8A%B1%E5%9C%92%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC/
投稿: torahiko | 2015年7月 4日 (土) 22時14分
EKOさん、こんばんは。
え”〜!友達の家が写ってましたか!なんという偶然。
けど、ここはEKOさんがいつも歩いていた(そして、今も歩いている)道なんですね。
この積もり放題の雪の上を歩いていくのは、危ないですが、確かに面白そうですね(^-^;
torahikoさん、こんばんは。
いつも読んでいただき、どうもありがとうございます。
おたるくらしの記事は読ませていただいていて、実は、紹介URLの投稿も興味深く読ませていただきました。
元情報を直接確認してないので、当方のブログへの引用掲載は控えたのですが、なるほど〜の情報ですよね!
これからも、当ブログをよろしくお願いします。
投稿: 小梅太郎 | 2015年7月 5日 (日) 00時35分