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2014年10月 2日 (木)

今は作られていない、小樽焼って?

以前から我が家にある湯呑みや器に、「小樽焼」というのがあります。

Otaru_20140904133206

ご近所さんをはじめ、年配の方々にはお馴染みのこの小樽焼ですが、今はもう作られてないんですよね。

かくいう私も、この小樽焼についてはよく分からないので、ちょっと調べてみたのですが、ネットではほとんど情報がなく、唯一小樽ジャーナルに小樽焼がなくなる時の記事がありました。
消える小樽焼!道内最古の小樽白勢窯に幕! (小樽ジャーナル http://otaru-journal.com)

それによると、

緑玉織部の透明感ある青緑色の釉薬を特徴とする小樽焼として知られ、道内最古の「小樽窯白勢陶園」(入船5)が、後継者難から、107年にも及ぶ永い歴史に幕を閉じることになった。

 小樽窯白勢陶園は、越後出身の白勢慎治氏が、1900(明治32)年に北海道小樽に渡り、花園町で窯を造り、鉢や壺などを焼いたことが始まり。(後略)
消える小樽焼!道内最古の小樽白勢窯に幕! (小樽ジャーナル http://otaru-journal.com)

とのことで、小樽焼の窯「小樽窯白勢陶園」が道内最古で、107年という歴史があったというのは驚きです。

小樽焼の終焉を伝える、この小樽ジャーナルの記事が2007年の日付なので、作られなくなったのは、そんなに昔のことではないんですね。

後継者難とはいえ、地元小樽の名前を冠する焼き物がなくなってしまったのは、残念ですね。

で、小樽焼と言えば、美しい青緑色が特徴で、とても味わいがありますよね。

Otaru_20141002221103_2

(以下、ご近所さん所有の小樽焼)
Otaru_20140809125127

Otaru_20140809125122

ただ、こちらの白いのも小樽焼とのことです。
(以下もご近所さん所有の小樽焼)
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Otaru_20140809125506

Otaru_20140809125541

我が家の器や湯呑みは、今も普通に使っているのですが、考えてみたら、これらを割ってしまったらもう手に入らないんですよね。

とは言っても、せっかくの器や湯呑みですから、使わないとね。

※先ほどの小樽ジャーナルの記事には、さらに詳しい説明が書かれています。
消える小樽焼!道内最古の小樽白勢窯に幕! (小樽ジャーナル http://otaru-journal.com)


《追記 2014.10.4》
入船5丁目にあった、この「小樽窯白勢陶園」跡の建物は、現在、ガラス工房の「幸愛硝子(ユキエ ガラス)」が、工房とギャラリーとして再活用しているそうです。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

知り合いがここの窯で働いていました。職人さんです。
貯金事務センターの建物の下隣に(一見民家風の家屋)あったはずです。
この建物に陶器がちょっとだけ飾ってあって「ここって何なんだろう」と思ってました。
でも小樽焼きってそんなに古い歴史があったとは知りませんでした。

投稿: 桃 | 2014年10月 2日 (木) 23時55分

桃さん、こんばんは。
おお〜、知り合いが、職人さんでしたか!
場所は、貯金事務センターの建物の下隣あたりだったんですね。
私も小樽焼の歴史や背景については、全然知らなかったので、ちょっと驚きました。
手持ちの小樽焼を、大事に使いたいと思います。

投稿: 小梅太郎 | 2014年10月 3日 (金) 00時19分

今晩は野性児です。陶器屋確かにありました。古い木造建て屋。確か2階なく建て屋土手下に窯があったんですかね。玄関横に大きな窓がありそこが大皿等の焼き物が展示されてました。非難ゴウゴウ覚悟で言えば「老夫婦さんの趣味半分の売れない瀬戸物屋か?」位の認識でした。東山中がまだ木造校舎だった頃の話しです。あれが「小樽焼き」の窯元だった何て夢にも思いませんでした。

投稿: T75 | 2014年10月 3日 (金) 02時48分

T75さん、こんばんは。
私は記憶がないのですが、陶器屋がありましたか!
どうなんでしょうか、細々とやっていたのでしょうか。
今となっては、小樽の名前の付いた焼き物がなくなったというのは、
なんとも残念ですね。

投稿: 小梅太郎 | 2014年10月 3日 (金) 23時54分

9年位前迄あったはずです。
T75さんと同じく「陶器好きの家?」と思って毎日通り過ぎてました。
知り合いの職人さんは今40代後半位です。
頼んだら作れるかもね。
あ、窯ないですね。

投稿: 桃 | 2014年10月 4日 (土) 00時04分

私は小樽を離れて30年になりますが、吉川さんの息子さん
と同級生だったこと、私の父と吉川さんとがパチンコ仲間?
だったこともあり、ちょっとしたギャラリー並みに現在も
家にあります。
小樽市内に展示ギャラリーでもあれば寄贈したいぐらい
です(笑)。

投稿: al | 2014年10月 4日 (土) 05時07分

追記。要確認ですが白瀬さん止めてから「建物そのままガラス工房」と先ほど知人から…?さてさて…?帰省時車での行き帰だったので全然気づかなかったんですよね。さてさて?

投稿: T75 | 2014年10月 4日 (土) 20時57分

白瀬×→白勢〇すみません

投稿: T75 | 2014年10月 4日 (土) 22時30分

桃さん、こんばんは。
小樽焼がなくなったのは、それほど前ではないんですよね。
どうやら、宣伝したり、看板を出すような窯ではなかったのかな?
職人さん、まだまだ若いですね。
窯があれば(^-^;


alさん、こんばんは。
うわ〜、つながりのある方が、ここにも(^-^;
知り合いなので、たくさん所有されてるんですね。
現在も、気に入って使っている方は多いようなので、今となっては貴重ですね。
展示ギャラリー、ないのかな(^-^;


T75さん、こんばんは。
今、このT75さんのコメントを読んで、あれ?確かに貯金事務センターのすぐ下に、ガラス工房があったと思って調べてみたら、ありました。
「幸愛硝子(ユキエガラス)」というガラス工房があり、サイトを見ると、
“かつて道内最古の歴史を誇った「小樽窯白勢陶園」跡の建物を再活用しています。”
と記載されていました!
繋がりましたね!
この件は、ブログ記事本文に追記しておきます。
情報、ありがとうございます。

投稿: 小梅太郎 | 2014年10月 5日 (日) 00時06分

頼りないヒントに直ぐ「あれっ?」と気がつく所に現役小樽人の"凄み"を感じました。私の帰郷計画はこの2年新任採用もなく早期退職されても欠員補充も困難と風向きがひどく変わってしまいました。さてさて記憶は実に曖昧なもんですね。帰省する度に時には徒歩でも貯金事務センターの前の道路通ってたのに…。ガラス工房全く気がつきませんでした。

投稿: T75 | 2014年10月 6日 (月) 14時24分

T75さん、こんばんは。
いえいえ、あのあたりは、結構歩いているので、何となく記憶にありました。
通り沿いはあまりお店(工房)っぽくないので、気付きにくいと思います。
「幸愛硝子」という名前は掲げられていたと思います。
帰郷計画、なかなか思い通りには行かないみたいですね…

投稿: 小梅太郎 | 2014年10月 6日 (月) 23時05分

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